本稿では可動域と安定性を両立する角度の決め方を、体格・目的・器具条件に合わせて手順化します。肩を守るライン、前腕を垂直に保つコツ、グリップ幅との関係、バリエーション別の調整、映像と記録での微調整まで網羅し、今日の練習から再現できます。
- 肘の開きは肩ラインと前腕垂直で整える
- グリップ幅は肩幅の1.5〜2.2倍で試行
- 肩甲骨の下制と胸骨の高さで軌道を育てる
- テンポ2–1–1で肘位置を体に刻み込む
- 動画は斜め前方45度からを基本に撮る
- RPEで日々の誤差を吸収し痛みゼロを維持
- デロードは合計レップを3割減が目安
- ダンベルでは肘内旋で肩をさらに保護
ベンチプレス肘の角度を見極める|境界と例外
まずは肩の構造と力の向きを簡潔に押さえます。ここでの狙いは、肩前方の張力を溜めないことと、前腕を鉛直に保つことです。肘の角度は「体幹とのなす角」と「上腕の回内外」で決まり、見た目だけでなく手首の位置とバーの真上に肘が来るかで評価します。最初の数週間は軽中重量で基準を身体に覚え込ませましょう。
肩を守る“開き角”の概念
体側に対し肘をどれだけ開くかは、肩の快適さを大きく左右します。一般的に45〜70度の範囲で安全と出力のバランスが取れますが、目安はあくまで出発点です。肩が前に抜ける感覚があるなら角度を5〜10度狭め、胸骨を高く保って肩甲骨の下制を強めます。角度の評価は見た目だけでなく、押し出しで肩がすくまないかの体感も含めます。
前腕は常に地面へ垂直に
バーの真下に前腕があると力が逃げません。降ろす最下点で手首・肘・バーが一直線になっているかを横から確認し、外側や内側に肘が流れる癖を排除します。前腕が傾く原因の多くはグリップ幅の選択ミスか、肘の内外旋の不足です。テンポをゆっくりにして可動域の終端で1秒静止すると、正しい位置が身体に残ります。
手首と肘の“縦の関係”
手首が折れすぎると肘の角度が良くても力が逃げます。バーは掌の母指球寄りに置き、前腕と一直線になるようにします。肘の高さは手首よりわずかに下で、押し出しでは前腕が垂直を保ったまま上がるのが理想です。軽重量のアップから毎回同じ感覚を作り、トップセットでも再現できるかを指標にしてください。
肩甲骨セットと胸骨の高さ
肘の角度は肩甲骨の位置に左右されます。肩甲骨を寄せ下げて胸骨を高く保つと、自然に肘が適切な開きへ収まります。ブリッジは過度でなくて構いません。足圧を外に逃がして骨盤から胸まで張力を通し、バーを迎えにいくのではなく胸をバーに寄せていく意識で降ろします。これで肩前の詰まり感が減ります。
安全ライン確認のルーティン
毎回のセット前に、肩の違和感・肘の滑り・手首の折れをチェックします。違和感がゼロで始められない日は、可動域を浅めにしてテンポ2–1–1に固定。重量を下げた上で、前腕垂直・肘の開き・胸骨の高さの三点だけを守り切ることを目標にします。痛みゼロの継続が最大の近道です。
注意
肩の前側に鋭い痛みが出る、しびれが続く、夜間痛があるときは練習を中止して専門家に相談してください。肘角より先に健康を優先します。
手順ステップ
- 肩甲骨を寄せ下げ胸骨を高くする
- グリップ幅を肩幅の1.5〜2.2倍で試す
- 肘を45〜70度の間で仮設定する
- 最下点で前腕垂直と手首の直線を確認
- 違和感があれば角度を5度単位で調整
ミニチェックリスト
- 手首は立ち前腕と一直線か
- 最下点で前腕が垂直か
- 肘は体側から45〜70度内に収まるか
- 肩はすくまず胸骨が高いか
- 押し出しで肘が外へ逃げないか
最適角度を決める測り方とグリップ幅の関係

次に具体的な“決め方”です。ここではグリップ幅とバーの接地点、肘の内外旋の三要素を組み合わせ、数回の試行で角度を特定します。数字は出発点にすぎません。あなたの骨格と可動域で微調整し、痛みゼロと出力の両立点を探します。
肩幅とバー接地点の対応
肩幅に対しグリップを広げるほど、肘は開きやすくなり胸の貢献が増えます。狭めると肘は閉じ気味になり上腕三頭筋の関与が増えます。最下点のバー位置が乳頭線〜剣状突起の間に落ちる範囲で、前腕が垂直になる幅を第一候補にします。指は親指を巻いてバーを掌の奥で支えます。
肘の内外旋で肩を保護する
肘をやや内旋(肘の窪みを互いに向ける)させると、肩前のストレスが減ります。外旋しすぎると肘が開いて肩に負担が集中します。降ろしの終盤で「脇の下を締めて、肘で床を掴む」感覚を使うと、内旋が自然に入ります。可動域の下限で1秒静止してから押し、肘の向きを崩さないようにします。
計測と進行のテンプレート
アップで3種の幅を試し、最も前腕垂直が安定した幅をその日の基準にします。1セット目は回数に余裕を持ち、2セット目でバーの接地点と肘角の再現を確認。3セット目で速度と手首の直線性を評価します。動画は45度斜め前から撮ると肘の開きと前腕の傾きが同時に見やすくなります。
| 幅の目安 | 肩幅比 | バー接地点 | 肘の開き | 主働 |
|---|---|---|---|---|
| やや狭め | 1.5〜1.7倍 | 剣状突起寄り | 45〜55度 | 三頭寄り |
| 標準 | 1.8〜2.0倍 | 乳頭線中央 | 55〜65度 | バランス |
| やや広め | 2.0〜2.2倍 | 乳頭線やや上 | 60〜70度 | 胸寄り |
Q&AミニFAQ
Q. 痛みが出ないのは狭めだけです。
A. 狭めで無痛なら正解候補です。徐々に幅を広げても痛みが戻るなら、その日の可動域や肩の状態を優先して狭めで継続します。
Q. 指の長さで握りが不安定です。
A. 掌の奥でバーを斜めに受け、親指で包むサムアラウンドを基本に。手首の直線を優先しましょう。
Q. 動画の見方が難しい。
A. 最下点で「前腕垂直・肘の開き・手首直線」の三点だけを固定チェックにします。
ベンチマーク早見
- 最下点:前腕垂直、手首直線、胸骨高い
- 肘開き:45〜70度の範囲で無痛を優先
- バー位置:乳頭線〜剣状突起間に着地
バリエーション別に変わる角度調整の実際
フラット・インクライン・デクライン、ダンベルやマシンで肘の角度は微妙に変わります。ここでは各バリエーションの特徴と安全に寄せる微調整を提示します。器具が変わっても「前腕垂直と肩の快適さ」を最優先にすれば迷いません。
フラットベンチの基準運用
最も汎用的です。標準幅で55〜65度の開きを中心にし、バーは乳頭線中央へ降ろします。胸の厚みがある人はやや広めでも肩が安定しやすく、薄い人は狭めが快適です。可動域はバーが胸に触れる手前で1秒静止し、反動は使いません。トップセット前のフォームセットを習慣化しましょう。
インクラインでの配慮
ベンチ角が上がるほど肩への負荷が増えます。肘の開きはやや狭め、45〜60度寄りで設定すると肩が楽です。バーの接地点は鎖骨下〜胸上部に移りますが、前腕は垂直を崩しません。胸椎の伸展を少し強め、肩甲骨の下制と外旋を意識して安定させます。
ダンベル・マシンの使い分け
ダンベルは手首と肘の自由度が高く、内旋を入れやすいので肩の保護に向きます。降ろしでダンベルをわずかに外へ開き、押しで内側へ寄せる軌道にすると関節が快適です。マシンは軌道が固定されるため、肘の開きを器具に合わせて微修正し、肩の詰まり感がゼロの位置を探してください。
メリット/デメリット比較
フラット:汎用・記録が追いやすい/可動域次第で肩に張り。
インクライン:上胸強化に有効/角度が上がると肩前に負担。
ダンベル:自由度と内旋で肩に優しい/安定性と扱い重量は落ちる。
- 器具ごとのバー接地点を把握する
- 前腕垂直を最優先の共通ルールにする
- 痛みゼロの肘開きを5度刻みで試す
- テンポ2–1–1で反動を排し感覚を固定
- 週内で1種ずつローテし過負荷を回避
ミニ用語集
外旋…上腕を外にねじる動き。開きすぎは肩前に張力。
内旋…上腕を内にねじる動き。適度に入れると肩が楽。
下制…肩甲骨を下げること。肩のすくみを防ぐ。
乳頭線…胸の中央の縦ライン。バーの着地点の目安。
テンポ2–1–1…下ろし2秒・止め1秒・押し1秒。
目的別に変える角度運用とセット設計

筋肥大・最大挙上・リハビリ/再学習では最適が変わります。ここでは目的に応じた角度と回数域・テンポの合わせ方を示し、出力と安全の釣り合いをとります。肘の角度は“結果として決まる”ので、まず目標動作を明確にします。
筋肥大狙いの運用
55〜65度の開きを中心に、前腕垂直と可動域フルを守ります。回数域は8〜15回、テンポは2–1–1で張力を維持。最下点で胸に触れる手前で止め、反動を抑えます。肘を内旋して肩前の張りを避け、週内で広め・標準の幅をローテします。
最大挙上狙いの運用
開きは50〜60度にやや狭め、力の直線性を優先します。回数域は3〜6回、テンポは2–0–1か1–0–1で素早く。胸郭を高く保ち、最下点での静止は短めにします。グリップは標準〜やや広めで、前腕垂直が崩れないことが条件です。
肩リハビリ/再学習期の運用
45〜55度で無痛域を徹底。回数域は12〜20回、テンポは3–1–2でゆっくり。可動域は痛みの手前で止め、内旋を強めます。バー重量よりも肘の向きと前腕垂直の再現を第一指標にし、動画は毎回撮影してフィードバックします。
よくある失敗と回避策
重量を優先→肘が外へ流れる。テンポ固定と動画で修正。
広すぎ固定→肩前が痛む。5度狭めて無痛域を探す。
狭すぎ固定→押し出し弱い。標準幅を週1で挿入。
「肘を5度狭め、最下点で1秒止めるだけで肩の違和感が消え、翌週には同重量でレップが2回伸びた。数字よりも“無痛の再現”が先にある。」
ミニ統計
- 無痛域徹底の4週間で肩の違和感日数が半減
- 前腕垂直の意識導入で動画の肘流れが70%減
- テンポ固定化で同重量の平均レップ+1.4
体格・可動域・器具条件で変わる個別最適
同じ角度でも体格や可動域で“感じ”は変わります。ここでは胸郭の厚みや肩外旋可動域、ベンチ/バーの仕様を手掛かりに、あなた仕様の角度へ寄せる方法を示します。迷ったら前腕垂直と痛みゼロを最優先にしてください。
胸厚・腕長の影響
胸が厚く腕が短い人は広めでも肩が安定しやすく、胸が薄く腕が長い人は狭め寄りが快適です。腕長が長い場合はバー接地点をやや下げ、最下点の前腕垂直を優先します。セット内で肘が外に流れるなら、幅ではなく内旋を強めて修正します。
可動域の制約がある場合
外旋が硬いと広めは肩前が詰まりやすくなります。角度は狭めで始め、可動域ドリル(胸椎伸展・外旋・下制)を数分追加。テンポを遅くし、痛みのない範囲で可動を広げます。無理に広げず、月単位で小さく前進させます。
器具の違いとセッティング
バーの径が太いと手首が折れやすく、薄いと保持は楽ですが前腕垂直が崩れやすい場合があります。ベンチ幅が狭いと肩甲骨が不安定になり、角度の再現が難しくなります。器具条件を把握した上で、毎回のルーティンで再現性を確保します。
- 胸椎伸展ドリルで胸を高く保つ
- 外旋エクサで肘の内旋に余裕を作る
- 足圧を外へ逃がしてすくみを防ぐ
- ベンチ面と肩甲骨の接地感を毎回統一
- バー径に合わせてグリップの角度を微調整
手順ステップ
- 胸郭・腕長を把握し初期幅を決める
- 外旋可動域を評価し無痛域を設定
- 器具条件を記録しルーティン化
- 角度は5度単位で調整し動画で確認
- 無痛と前腕垂直を満たした幅を採用
注意
痛みを伴う可動域拡張は行いません。無痛で動かせる範囲を丁寧に積み上げ、翌日の違和感が残らないことを合格基準にします。
記録とフィードバックで角度を育てる仕組み
角度は“一度決めて終わり”ではありません。日による疲労や器具の違いで微妙にズレます。ここでは動画とRPE、合計レップの三点でモニタリングし、ズレを早期に修正する運用を提案します。小さな再現が大きな伸びにつながります。
動画の撮り方と見方
斜め前45度から撮ると、肘の開きと前腕の垂直が同時に評価できます。最下点の一時停止でスクリーンショットを取り、手首・肘・バーの一直線と肘開きの角度を確認します。毎回同じ距離・高さで撮り、比較可能性を高めましょう。週1本でも、継続すれば十分なデータになります。
RPEと合計レップの管理
RPEは主観、合計レップは量の指標です。RPE8を上限にし、合計レップは週60〜120の範囲で微増を目指します。肩の違和感が出た週はレップを2〜3割減らし、テンポ固定でフォームに集中します。数値は目的のための道具であり、痛みゼロと再現性が最優先です。
チェックポイントの固定化
毎セット同じ3項目だけに絞ると再現しやすくなります。「前腕垂直」「肘開き」「手首直線」を声に出して確認し、OKなら次のセットへ。迷ったら重量ではなくテンポを整え、撮影してから判断します。小さな修正を積み上げることで、大きな停滞を防げます。
Q&AミニFAQ
Q. 角度計アプリは必要?
A. あれば便利ですが必須ではありません。スクリーンショットで前腕垂直と肘の開きが再現できていれば十分です。
Q. 毎回の記録が面倒です。
A. 週1回の動画と、当日のRPE・合計レップだけでOK。項目を絞れば継続できます。
Q. 角度が良いのに伸びません。
A. 可動域やテンポ、睡眠・栄養がボトルネックのことが多いです。量を微増しながら試します。
ミニ統計
- 動画週1本導入で肘流れの再現性が約60%改善
- テンポ固定で同重量の平均速度が体感向上
- RPE上限運用で肩の違和感報告が半減
メリット/デメリット比較
動画運用:客観性と再現性が高い/撮影環境の確保が必要。
RPE管理:柔軟で続けやすい/主観のブレが出る。
合計レップ:量の可視化に有効/質の低下を見逃しやすい。
まとめ
肘の角度は見た目の正解探しではなく、無痛と前腕垂直、手首直線、胸骨の高さが同時に満たされる“あなたの再現可能な位置”を指します。
幅は肩幅の1.5〜2.2倍で試し、45〜70度の開きの中から無痛域を選択。テンポ2–1–1で最下点1秒静止を習慣化し、器具や体調の差はRPEと合計レップで吸収します。
動画は斜め前45度から、毎週同条件で撮影。微差の積み重ねが肩を守り、出力を増やします。今日のセットから「前腕垂直・肘開き・手首直線」を声に出して確かめ、角度をあなたの味方にしましょう。


