トレーニングの重さをどう増やすかは感覚だけに頼ると迷いやすく、停滞やオーバーワークの原因になります。そこで役立つのが換算の考え方です。1回挙上の最大重量(1RM)を直接測らなくても、数レップの記録から推定1RM(e1RM)を計算し、big3の進捗や次回の目安を組み立てられます。
ただし換算は便利な一方で、式ごとに誤差の出方が異なり、個人差や種目差、当日のコンディションに大きく影響されます。本記事では式の使い分けとRPE対応、種目間の比率解釈、周期設計への落とし込みまでを段階的にまとめます。リスクを抑えつつ前進するための運用ルールも提示し、現場ですぐ使える形にしました。
- e1RMの推移で停滞や伸びを素早く把握します
- 式の特性を理解して誤差の方向を読みます
- RPEとレップで翌週の負荷を設計します
- 種目間の換算は目安と割り切って使います
- 周期と疲労管理を一体で考えて更新します
- 失速時の調整フローをあらかじめ決めます
- テンプレに入力して再現性を高めます
big3の換算で進捗を読み解く|ベストプラクティス
換算は万能の答えではなく、意思決定の補助線です。1回法の危険を避けつつ進捗を可視化し、週次の負荷設定に根拠を与えます。ここでは「何を、どこまで」換算で解こうとしているのかを明確にし、必要な記録と前提条件を整理します。言い換えれば、e1RMを目的化せず、目的達成のために使う姿勢が重要です。
単一RMと推定1RMの違い
単一RMは当日の技術と心理、ウォームアップ、睡眠、栄養などの影響を強く受けます。推定1RMは既知の負荷と反復回数から計算し、日々の上下動を平滑化します。
e1RMは安全かつ頻繁に測れますが、式の仮定に依存するため誤差が残ります。したがって複数セットの平均や移動平均で傾向を見ます。
換算で答えたい問いの整理
「次回は何kgにするか」「現行のボリュームは適正か」「ピーキングの進み具合はどうか」など、問いを具体化すると必要な指標が決まります。
例として、週次のトップセットからe1RMを算出し、3週の移動平均が横ばいか上昇かで期分けの判断材料にします。
データ取得の前提条件
記録するのは重量、回数、RPE(またはRIR)、セット間休息、テンポ、可動域の一貫性です。動画は横と斜め前の2方向が望ましく、可動域の変化を確認します。
フォームの崩れや可動域短縮で得た高重量は、換算を歪めるため、注記を残して集計から除外する基準を決めておきます。
種目内換算と種目間換算の区別
同一種目内での換算(たとえばスクワットの5回から1RM)は比較的扱いやすいですが、種目間換算(ベンチからスクワットを推定など)は誤差が大きくなります。
骨格や技術の要素が違うため、種目間は「幅を持つ目安」として用い、プログラム設計の仮置きに留めるほうが現実的です。
セッション管理と安全の視点
換算に集中するほどトップセット偏重になりがちですが、疲労はサブセットで蓄積します。トップのe1RMが伸びても、翌日以降の回復指標(主観・睡眠・心拍など)が悪ければ調整対象です。
安全側に倒す基準を先に決め、怪我の回避確率を高める運用にします。
注意:e1RMは「正解」ではありません。
同一条件での比較に意味があり、単発の高値や低値は文脈とセットで解釈します。
手順ステップ
- 種目・回数・RPE・動画角度を統一した記録を集める。
- 複数の推定式でe1RMを算出し、中央値で表示する。
- 3〜4週の移動平均を作り、上昇・横ばい・下降に分類。
- 分類に応じて翌週の負荷・ボリュームを微調整する。
- フォーム注記のあるセットは集計から別扱いにする。
ミニ用語集
- e1RM:推定1回最大。式と回数から求める推定値。
- RPE/RIR:主観的強度。余裕レップ数の指標と対で運用。
- トップセット:最も重いセット。進捗指標に使いやすい。
- 移動平均:短期変動をならすための平均化手法。
- ピーキング:大会や測定日に向けて疲労を抜く過程。
1RM換算の式とRPE・レップ対応早見

推定1RMを出す式は複数あり、回数帯ごとの得意・不得意が存在します。中回数に強い式や低回数で安定する式があり、1つに依存せず併用が実用的です。さらにRPEやRIRと対応させると翌週の負荷設計が滑らかになります。ここでは代表式の癖と、レップ%の実務目安をまとめます。
代表的な式の使い分け
代表例としてEpley(1RM=w×(1+reps/30))、Brzycki(1RM=w×36/(37−reps))、Lombardi(1RM=w×reps^0.10)などが知られます。低回数の安定性はBrzycki寄り、中回数の平滑性はEpley寄りという傾向が一般的です。
同日の複数セットから式ごとにe1RMを出し、中央値または平均で運用すると偏りが減ります。
RIR・RPEと速度の目安
RIR0〜1は限界付近、RIR2〜3は日常的なトップセットに向きます。速度低下(バースピード)が大きいほどRIRは小さく、e1RMの評価も難しくなります。
速度計が無くても、動画の最終レップ時間や固有の主観メモを一貫させれば、充分に実務で使えます。
低回数と高回数の誤差
3回以下は技術の影響が大きく、1回法に近い特性です。12回以上は筋持久寄りの特性が混じり、式の仮定から外れやすくなります。
5〜8回帯でのe1RMが安定する傾向が多いため、日常のモニタリングは中回数を基準にすると再現性が高まります。
| 反復回数 | %1RM目安 | RIR目安 | 用途の例 |
|---|---|---|---|
| 1 | 100% | 0 | 測定・ピーク確認 |
| 3 | 92〜94% | 1 | 低回数の強度確認 |
| 5 | 86〜88% | 1〜2 | 進捗の定点観測 |
| 8 | 78〜80% | 2 | 日常のトップセット |
| 10 | 73〜75% | 2〜3 | ボリューム確保 |
| 12 | 68〜70% | 3 | 筋持久・フォーム維持 |
ミニFAQ
Q. どの式が正しいですか。A. 正しさではなく適合の問題です。
自身の回数帯と種目で誤差が小さい式を選んで併用します。
Q. RPEと換算のどちらを優先しますか。A. 衝突時はRPEとフォーム安定を優先。
e1RMはトレンド確認に回し、翌週で調整します。
Q. 速度計が無いと不利ですか。A. 動画の最終レップ時間と主観の一貫性で代替可能。
比較対象を常に同じ条件にすることが鍵です。
ミニチェックリスト
- 同じ式で過去と比較しているか。
- 回数帯は5〜8回を基本にしているか。
- フォーム注記のあるセットを区別しているか。
- RPE/RIRの記録方法を固定しているか。
- e1RMは中央値または平均で見ているか。
種目間での換算はどこまで可能か
スクワット・ベンチプレス・デッドリフトのbig3は同じ「挙上」でも、関与筋とレバー比が大きく異なります。ベンチの強化がそのままスクワットに移るわけではなく、逆も同様です。ここでは体格差と技術の観点から、種目間換算の限界と現実的な使い道を整理します。
体格差とレバー比の影響
脚長や胴長、前腕比率、胸郭の厚みが変わると、可動域やバーの軌道が変化し、必要な筋力配分が違ってきます。
同体重でもスクワット優位型・デッドリフト優位型などの個性があり、単一の比率で語ると誤差が肥大化します。比率は広めの帯で解釈します。
技術熟練度と競技特異性
同じ筋力でも、グリップ幅や足幅、ブレスのタイミング、バーロードのかけ方で最大が変わります。
練習量が少ない種目は技術天井が低く、強度を上げても伸びにくい局面が生じます。換算は「練習の優先度」を決める材料に使うのが堅実です。
大まかな比率と解釈
目安として、ベンチはスクワットのおよそ60〜75%帯、デッドリフトはスクワットの105〜120%帯に収まることが多いという経験則があります。
この帯から外れるなら、弱点種目の練習量配分や技術の再学習を優先テーマに据える参考信号として解釈します。
比較ブロック
比率で設計:初期の全体像を掴みやすい。
弱点種目の配分調整が素早く、期分けの論点整理に有効。
比率に依存:個性の無視で誤誘導が起こる。
停滞の原因を見落とし、フォーム改善の機会を失う。
「デッドが強いのにスクワットが伸びない選手は股関節主導の得意さが際立つ。比率で焦るより、ブレースと下降速度の再設計で半年後に全体が揃った。」
ミニ統計
- 体格上の有利不利で比率帯の中央から±10%の散らばりが生じやすい。
- 技術練習を週2→週3に増やすと、弱点種目のe1RMが12〜16週で帯の中央へ回帰しやすい。
- 比率よりも動画の可動域一貫性を優先した群の故障報告率が低い傾向。
目的別の目標設定と周期化に落とし込む

換算は単体では価値になりません。周期設計に接続してはじめて強度・ボリューム・回復の三者が噛み合います。レベル別に進め方は異なりますが、共通するのは「小さな成功の反復」と「疲労の管理」を軸にすることです。ここでは初級〜中級の現実的な枠組みを提示します。
初級者の線形進展モデル
週毎に+2.5kg(下肢)または+1.25kg(上肢)を目安に、5〜8回帯でRPE7.5〜8.5を維持します。
e1RMが3週連続でほぼ横ばいなら、ボリュームを+1セット、またはテンポを緩めて同強度で反復します。成功体験の蓄積が学習速度を上げます。
中級者の波形進展
3:1の波形(積み上げ3週+デロード1週)で、トップセットのRPEを週ごとに8→8.5→9と上げます。
e1RMの移動平均が下降傾向なら波の周期を短縮し、トップセットの回数帯を5→3へ落として強度の質を保ちます。
減量期と増量期の使い方
減量期は可動域の一貫性を最優先に、RPEを0.5〜1.0低めに運用します。
増量期はボリューム寄りで筋量の貯金を作り、波のピークで短期的にe1RMを押し上げる設計が現実的です。
有序リスト:週次更新の手順
- 先週のトップセットからe1RMの中央値を記録。
- 移動平均を更新し、上昇・横ばい・下降を判定。
- 判定に応じて強度・回数・セット数のどれを動かすか決定。
- 可動域と主観回復のメモを照合し、安全側に丸める。
- 翌週のトップセット目安とRPEレンジをメモ。
よくある失敗と回避策
e1RM至上主義:高く出すために可動域が短縮。
回避策:動画基準を固定し、注記のあるセットは別集計。
波の幅が大きすぎる:疲労が抜けず停滞。
回避策:3:1→2:1へ短縮し、RPEを0.5落とす。
比率への固執:弱点種目の改善が遅延。
回避策:比率は参考、練習量と技術課題を優先。
ベンチマーク早見
- 初級:各種目5回×3セットでRPE8前後が安定。
- 中級:3週の移動平均が月次で+1〜2%上昇。
- 停滞:e1RM横ばい3週で波形短縮または回数帯変更。
- ピーク:RPE9のトップセットを2週連続で実施しない。
- 回復:主観回復7/10未満はボリューム−20%で臨時調整。
記録テンプレと自動換算の運用ルール
継続的に換算を活かすには、記録の仕組みが欠かせません。スプレッドシートやアプリにテンプレを用意し、入力の労力を最小化します。項目が多すぎると続かないため、意思決定に必要な最小集合を固定し、計算は自動化します。共有する場合は表示を簡潔にし、会話の起点になる指標だけを前面に置きます。
シート設計の項目
必須は日付、種目、重量、回数、RPE/RIR、動画リンク、メモ、e1RM(式別・中央値)、移動平均です。
フォーム注記や痛みの有無はチェックボックス化し、集計からの除外フラグに直結させると分析が歪みにくくなります。
入力の精度を上げる習慣
セット間に10〜20秒の「記録タイム」を組み込み、その場で入力します。動画は毎回ではなく、トップセットとフォーム変更時だけで十分です。
入力の遅延が誤差を生むため、現場で済ませるワークフローを作ると継続しやすくなります。
チーム・コーチとの共有
共有用のビューには、e1RMの移動平均、RPE、ボリューム(総レップやトン数)を並べ、意思決定に必要な最小限の指標だけ見せます。
詳細データは裏シートへ退避し、要点の会話が散らからないように設計します。
無序リスト:テンプレの基本構成
- 入力:重量・回数・RPE・動画URL
- 自動:式別e1RM・中央値・移動平均
- 可視化:週次推移グラフと注記フラグ
- 派生:トップセット履歴とRPE分布
- 判定:上昇/横ばい/下降のラベル
- 提案:翌週の負荷案とRPEレンジ
| 列名 | 内容 | 入力/自動 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 日付 | セッション日 | 入力 | YYYY-MM-DD |
| 種目 | SQ/BP/DL | 入力 | 選択式 |
| 重量×回数 | 例:120×5 | 入力 | セットごと |
| RPE | 主観強度 | 入力 | 小数0.5刻み |
| e1RM中央値 | 式別の中央値 | 自動 | 外れ値耐性 |
| 移動平均 | 3〜4週平均 | 自動 | トレンド用 |
注意:入力過多は継続を阻害します。
意思決定に使わない項目は削除し、表示は簡潔に保ちます。
現場でのプログラム例と調整フロー
換算を「次回の重さ」に繋げるには、現場の手順が具体であるほど迷いが減ります。ここではウォームアップからトップセット、ボリュームの積み方、失速時の調整までを一つの流れとして示します。目的はe1RMを上げることではなく、長期の伸びを損なわずに今日の最適を選ぶことです。
ウォームアップからトップセット
バーのみ→40〜60%→70〜80%と段階を踏み、各段階で1〜3回の練習レップを実施します。
当日のRPE感覚が重い日はトップセットの回数帯を上げ(5→6〜8回)、e1RMの解釈は移動平均に任せます。軽い日は回数帯を下げて質の高い低回数を狙います。
サブセットとボリューム
トップセット後は−5〜12%のダウンで2〜4セット、回数はトップ±1〜2回に設定します。
目的が筋量寄りならセット数を、技術の固定なら回数を優先します。e1RMが伸びてもボリュームが過大なら回復が追いつかないため、週内の合計レップを枠で管理します。
失速時の調整手順
2週連続の下降を検知したら、回数帯を+2、RPEを−0.5、セット数を−1のいずれかを選びます。
フォーム注記が増えているなら一時的に動画の撮影角度と回数帯を固定し、テクニカルな再学習に振り向けます。改善信号が出るまでe1RMの追跡を背景化します。
手順ステップ
- ウォームアップで当日の主観と可動域を確認。
- トップセットを実施し、e1RMとRPEを記録。
- サブセットでボリューム枠を満たす。
- 動画を見て可動域と速度の一貫性を確認。
- 翌週案(重量・回数・RPE)をメモに残す。
ミニFAQ
Q. 大会前は換算を続けますか。A. ピーキング期は実測寄りに移行。
ただし疲労管理のため、e1RMの移動平均は並行監視します。
Q. 種目間の換算比率が崩れています。A. 比率をゴールにせず、弱点種目の練習量と技術課題へ。
帯の内側に戻るまで波形と回数帯を調整します。
Q. 測定が怖いです。A. 1回法の代わりに3回や5回からの換算で十分。
安全側の誤差を前提に設計すれば長く伸びます。
よくある失敗と回避策
トップ偏重:サブセットが不足し技術が定着しない。
回避策:週内の合計レップ枠を決め、質と量の両立へ。
過度の微調整:毎週式や回数帯を変更し比較不能。
回避策:式と回数帯を期内固定、変更はデロード明け。
無視する疲労信号:故障へ直結。
回避策:主観回復・睡眠・痛みのチェックボックスを運用。
まとめ
big3の換算は、1回法に頼らず進捗を可視化する実務的な道具です。式の癖を理解し、5〜8回帯とRPEを組み合わせてe1RMを追跡すれば、週次の意思決定の質が上がります。
一方で、種目間比率は広い帯で解釈し、体格や技術の個性に合わせて練習量と回数帯を変える柔軟さが欠かせません。周期設計と回復の管理、動画による可動域の一貫性の確認をひとまとめに運用すれば、数字に振り回されずに数字を味方にできます。
次のセッションでは、記録テンプレを用意し、トップセットのe1RMとRPE、動画1本を残します。移動平均を週次で見直し、上昇・横ばい・下降のいずれかに応じて小さく舵を切り続けましょう。


